ピアニスト 松村未英 の  スペインの日々
by miematsumura
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カテゴリ:セレナータ・アンダルーサ( 5 )

セレナータ・アンダルーサの続き

セレナータ・アンダルーサが出来るまで 4 http://miespain.exblog.jp/14406941/

でお話しした、お寺の除夜の鐘を思い起こさせるのフラメンコの曲っては、どんなの?と友人がメールで聞いてきたので、載せます。


これは、マルティネテ、または、トナ(にアクセント) というスタイルの曲なのですが、後ろでメタルの物をたたく音もして(ジュンケといいます)、余計にこれを聞くとお坊さんがお経を唱えている感じなのです。どうでしょう?

マルティネテとトナは、近くてメロディーのコンセプトと歌詞が違うだけで区別するので、大変似ています。
この2曲は、フラメンコの種類の中でも一番古いものになります。
このビデオのように、窓枠の鉄格子とか、馬のひずめにうちつける蹄鉄を作っている人たちが歌ってたものです。



これに踊りをつけるとこんな感じ。
アントニオ・ガデスというダンサーのです。




マリオ・マヤのマルティネテも。モダンな振付です。
マリオは、フラメンコに演劇のコンセプトをもたらした最初の人です。

マリオの後ろで2人が手拍子をたたいていますが、パルマといいます。このような拍子をたたく係も人もいて、フラメンコには不可欠なのですが、独特の音の出し方があります。これがホントにすっごいんです。このリズムの鋭さ、というのか、エネルギーの込め方!(このビデオのは、割とマイルドですがね)
このリズムの揺れなさ、ご覧ください。ここに、アルベニスやファリャの弾き方のコツがあります。
そして、これが私がずっと謎に思っていたポイントです。




フラメンコって、リズム、拍子が恐ろしくストレートです。
そこには基本的にルバートのようなものがなく、まっすぐなのです。
これが何より一番大事だと思います。
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by miematsumura | 2012-02-02 07:57 | セレナータ・アンダルーサ

セレナータ・アンダルーサが出来るまで 4

さて、年末年始で途中ちょっと途切れましたが、続きに戻ります。

前のお話はここから:
セレナータ・アンダルーサが出来るまで1:http://miespain.exblog.jp/14175885/

セレナータ・アンダルーサが出来るまで2:http://miespain.exblog.jp/14189340/

セレナータ・アンダルーサが出来るまで3:http://miespain.exblog.jp/14221687/



フラメンコと出会った私は、初めて聴いたときは、こんな芸術もあるのだなという感じで、フラメンコの独特のしわがれた声は、発声方法がクラシックとも、ジャズやボサノバのそれとも全く違うので、びっくりしました。こんな声の出し方もありなのか、何と直接的なことか、という感じ。

同時に、なんだか懐かしいような気持ちもしたのです。やはりインドから来たヒタ―ノなので、日本にはインドから来た仏教もありますし、同じ故郷の匂いをフラメンコに聴いたというのでしょうか。
フラメンコにもいろいろ曲のスタイルがあるのですが、その中でもそれを聴くと年末の、ゆく年くる年、でしたっけ?紅白の後、1年の最後の時間で日本全国のお寺を訪問し、除夜の鐘が聞こえる番組がありますよね。ごーん、ごーん、と。あの番組が頭に浮かぶのです。
何しろ、遠いロシアのリムスキーコルサコフやボロディンまで、興味を持ってはるばる観察しにやってきた芸術です。独特で不思議な魅力があることは確かです。

西洋にありながら、西洋の要素だけではない不思議さ。
東洋から来たものが、西洋にあるものと融合してできた新しいものである、ということ。


セビリアに住んで、この燦燦と輝く太陽のもと、ここの人々の生活を見て、いろんなフラメンコの説明をしてもらいながら知るうちに、だんだんファリャやアルベニスが見たものが分かるようになりました。(ファリャはまさにカディス出身です。)
世の中の人は、彼らが、どのように影響されているのか知らないことも知っていました。
学生時代から、ずっと謎だと思っていたことが目の前にある。これを世の人に見せたい。
何とかこの2つの芸術の出会いを表現することは出来ないものか。


そのような考えが、頭の中に浮かぶようになりました。

もやもやとしながら、あれはどうか、これはどうかと考えていた時に、2005年にフラメンコダンサーのホアキン・グリロと共演する機会があり、それが成功して、実際に観客の感触を感じ、またそこから、あれを足して、これをやってみたら?と、しているうちに、とうとう形にする機会が来ました。
2007年の5月のことです。
ファリャ、アルベニス、グラナドスの3人の作品にしぼり、フラメンコのリズムに近い曲だけを選んで、フラメンコとの出会いを描いた作品を作りました。フラメンコとスペインのクラシック音楽の出会い。
それがセレナータ・アンダルーサです。
この名前はファリャの同名の曲からとられています。

セビリアのロぺ・デ・ベガ劇場で初演されました。
この劇場は、へレスのビジャマルタ劇場と並ぶ、フラメンコ界では最高峰の劇場で、クラシックで言うと、カーネギーホールのような感じでしょうか。フラメンコの人はここを憧れに芸を磨きます。
でも、私は初演の時は、そんなことは知らなかったので、いつも観に来ている素敵な劇場、という感覚でしたが、後で考えてみると、そのような素晴らしい劇場で上演機会をいただけて、大変に幸運でした。


終演後、一番初めに楽屋に会いに来てくれたのは、今は亡きあのマリオ・マヤでした。
彼は素晴らしいフラメンコの踊り手/振り付け師で、アマルゴというロルカの詩からインスピレーションを受けた作品がとても有名です。マリオが私の手を取って、甲にキスしてくださったのでした。
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by miematsumura | 2012-01-14 06:56 | セレナータ・アンダルーサ

セレナータ・アンダルーサが出来るまで 3

では、セレナータ・アンダルーサが出来るまでの1と2でお話ししたように、フラメンコが栄えたセビリア―カディスに焦点を当てます。


もう今から2000年以上前のローマ時代のころに、カディスは歌と踊りの豊かな土地である、という記述があるぐらい、ここはとっても特別な土地だったのです。
ここからはるばるローマに音楽家や踊り子を連れていったりしてたのです。

大衆芸能が盛んな土地で、今でも新春カディスでは、1月の終割りごろから始まる ”チリゴタ” と呼ばれるお祭りが開催されます。
参加人数によってカテゴリーがあって、呼び名はいろいろ異なるのですが、共通するのは、歌詞を自分たちで作り、自分たちで、歌、伴奏(基本的にギターと打楽器や笛)、衣裳を用意して、その時々の風刺を歌うのです。
勤務先の消防団の皆で、近所の仲間で、とか仲良しでグループを作って練習してきて披露し競うのです。場所も、なんとファリャ劇場、という、中はオペラハウスのような赤いビロードをはった客席の美しい劇場が会場となります。
カディスって港町なので、皆やっぱり性格がオープンで陽気で面白いんです。何でも茶化しちゃう。

何かいい例がないかなと思い、ユーチューブを見たら大量にあるのですね。
その中から適当に一つ選んでみました。
”僕の奥さんが言うこと”という題のチリゴタ。
この衣装とか変装ぶりが、圧倒的でしょう?(日本のあるコメディアンにそっくりですよね)
TV中継でコンクールの模様を、毎年延々と流すんですよ。この期間の2週間ぐらい!



これは衣裳がすごすぎ!どうやって作るのでしょうね?素人の域を超えていて、もう脱帽のレベルです!
大の大人がこういうのが出来るという土地柄が、いかに愉快な土地か想像できるでしょう?
見てるだけで、歌詞が分からなくっても笑えると思います。
前回の決勝戦のですって。



これは本当にすごいのです。一般庶民が、つまり音楽を仕事にしているわけでもない人々のこの豊かな音楽性は、やはり特別だと思います。想像性の豊かさ。
そして港町なので、カディス人をガイェタノと呼ぶのですが、日本で言うところの大阪人のようなユーモアがあり、やることが本当に愉快です!仕事の後練習しているのか、仕事が練習場なのか、と疑ってしまう気もするほど、本当に沢山のグループが参加していて、皆上手で、不思議に感じるほどです。


もともとこのような音楽の土壌があるところに、ヒタ―ノとスペイン語では呼びますが、いわゆるジプシーですね。彼らがインドの北の所から延々と渡って来て、ヨーロッパ大陸の本当に先っぽのカディスに行きついたジプシー達がいたわけです。
他にも例えばハンガリーに居ついたヒタ―ノはジプシーバイオリンと言われる独特のものを作り上げるわけですが、彼らも音楽に特別な才能があったのでしょう。この2つが交わって、フラメンコが出来た、というわけです。

このカディス―セビリアの車で1時間半ほどの間に、カディス側から、へレス、レブリハ、モロン、ウトレラがフラメンコの世界で重要な街があります。
ホントに車で行くと15分同士とか言う近い距離なんですが、フラメンコの世界では、これはへレスではこうする、とかこれはレブリハのやり方だ、とか、違いがあるのです。

フラメンコをやる人は、家族がそういう世界の人であるとか、親がすごく好きでいつもいつも聞いていたとか(それは割と特殊なことなのだけれど)、基本的にフラメンコに近い世界に生きている人がほとんどです。なので、子供の時から家族で集まるたびに歌って踊っていたので、その街に伝わる歌を知っているとか、もう自然にしみ込んでいるのですね。なので、家族で伝わる歌い回しというのがあるので、それを受け継ぐわけです。
今でこそそういう稼業でない家の人も、特に踊りの場合がより多いと思いますが、近くの踊りの教室に行ってダンサーになるとかありますが、ちょっと前は、特別なもの、という感じがもっとあったと思います。


日本は、東京に本社のある会社に入社して、そのあとは日本各地、お父さんの仕事の先々によって転勤をしますし、それは日本を出て世界になることも良くあるわけで、転勤族、という言葉もあるぐらいです。東京が首都で後は皆地方と考えますし。
が、スペインは、ちょっと仕組みが違うので、マドリッドが首都ですが、54県あり、19に区分けされる地方政治が行なわれていて、それぞれに首都があり、地方ごとにかなりのことが動いています。皆、特殊な場合を除いて、基本的に住んでいる県の大学に行くわけです。例えばアンダルシア地方の場合だと、8県からなり首都はセビリアです。生まれ育った土地で学校を出て、仕事を得て、生活していくとなると、皆そんなに移動しません。なので、こういう風習が受け継がれてきたわけです。
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by miematsumura | 2011-12-22 07:33 | セレナータ・アンダルーサ

セレナ-タ・アンダルーサが出来るまで 2

ちょっとスペインの地図をお借りしてきて載せてみました。2枚も。
地図感があった方が、イメージしやすいかと思ったものですから。

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バルセロナは、車で1時間ほどういーんと北上すると、もうフランスでございます。
4県からなるカタルニア地方の首都がバルセロナで、ここはカタルニア語を使う土地なのです。
以前子供のころ、チェリストのカザルスの本を読んでいて、”カタルニアの独立を願い、なんたらかんたら”、というのが出てきて、意味がわかりませんでしたが、このバルセロナのあたりの地域は独特の文化、風習があり、独特の言語なのです。学校ではカタルニア語で教え、TVも道の標識もカタルニア語。
スペインから独立したいとか言ってるのですよ。つまり、カザルスは、独立派だったということですわね。
私の感想では、ここはスペインの中でもフランスっぽいので、普通というか、アクが少ない。人にも物ごとにも。
日本から行く場合、より馴染みやすいと思われます。


同様に、フランスの国境の西側にあるビルバオを首都とするバスク地方もバスク語です。
ほら、カルメンがホセにバスク語で何か囁いたでしょう?
それで彼はメロメロになってしまったでしょう?ホセはこのバスクの出身なのです。
(なのに、南のセビリアにいるって設定。どうしてでしたっけ?)
カタルニア語はちょっとフランス語に似ているのでまだ良いのですけれど、バスク語は全然違うので、以前行った時、道も標識が全く読めなくって困ったです。
バスクは御飯が美味しいので有名です。
ですので、グルメの日本人には、より馴染みやすい土地かもしれないですね。
ラベルはフランス人ですが、バスク人なのですわ。ラベルが生まれたのがあと30km南であったら、彼はスペイン人でありました。惜しい!
(・・・しかし、すると、印象派はドビッシーだけになってしまうのでしょうか?)


バスク地方の西側にはガリシア地方があり、ここもガリシア語です。
タコのガリシア風が有名ですけど、皆様ご存知?
たこを引っ張ったり、たたいたりする料理です。(ちょっと大雑把過ぎかしら?)
ですので、たこ好きの日本人には、より馴染みやすい土地と言えるかもしれません。


マドリッドはちょうど真ん中です。


日本は長いので、新幹線をピーっと引くと大体国を横切ることが出来ますけれど、スペインってマドリッドが真ん中ですし、放射状にすると、大量に線路がいるのでは?と、私は余計な心配をしておりましたのですけれど、91年のセビリア万博で、初めて新幹線が引かれました。マドリッドーセビリアですね。これは2時間半。東京ー京都、ぐらいの距離ですね。
その後もどんどん引かれまくり、ヨーロッパでは一番鉄道の整った国になったのですよ。
スペインって。ちょっとすごいでしょう?ふふふ。


ちなみに、1枚目の地図で地中海にマリョルカ、と表記のある島が、あのショパンがサンドと一緒に行って、病気がひどくなって退散したあの有名なマヨルカ島でございます。
つい先日もラジオで、何故あんな時期にショパンがここに行ったのか、愚かである、天気が良くないのは明らかではないか、と、さんざんスペイン人が議論をしているのを聞きました。この島には、王様も別荘のお城を持っていて、白い美しいヨットがずらーりと並ぶ高級リゾートの素敵な島なのですが、冬は・・・安定しないお天気ですね。ああ、ショパンよ!パリからプレイエルのピアノを運ばせてまで、せっかくやって来たのに・・・・



そして、私がいるアンダルシア地方。首都がセビリアですわ。
明らかなのが、セビリアの理髪師。カルメンやドン・ジョバンニ、ドン・ホアン、フィデリオ、オペラの舞台になりまくりの街です。何故かというと、スペイン艦隊が強かったころ、世界中の富をスペインに持ち帰り、セビリアで荷を下ろしてたので、この街はお金持だったのです。それで、世界の憧れの街、ってことでしょうね。
今でも観光に有名な、黄金の塔、(これはここで黄金を下ろして計っていた塔ですが)、カテドラルなど色々あって、観光客が年中いっぱいです。
それからこちらの格言にね、あるのです。
”セビリア人のいないセビリア、ああ!なんて素敵なの!”
・・・・ええ、私もわかります、この意味とするところは。


こうして見てみると、一口にスペインと言っても、かなり地方によって文化・風習に差異がある国なのです。



そうして、フラメンコというのは、このセビリアーカディスーエル・プエルト(カディスの街)の三角地帯を元に栄えるのです。
スペイン=フラメンコ、つまり、スペイン全土どこでもフラメンコがあるんだ、と想像するかもしれませんが、スペインの国土から見ると、大変に限られた場所でしょう?




・・・ここまでで、かなり長くなったので、また次に。。。。  ごきげんよう。
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by miematsumura | 2011-12-17 10:09 | セレナータ・アンダルーサ

セレナータ・アンダルーサが出来るまで

昨日可笑しなことを思い出した、と書きましたが、その前に。(いつも思い出して、思いついてばかりで本題になかなかたどりつけないこともございますけれど、あしからず)


私、前にも書きましたが、学生時代からスペイン音楽に興味を持っておりました。
何故かと申しますと、あまりに素敵だったから!  ではなくって、逆です。
あまりに意味がわからなかったからです。
(勿論素敵なところも沢山あるのですが、良くわからないなという部分が多かった。)

何しろ、生でスペイン物を聴いたのは、カナダで1回アルベニスを1曲、2人の同級生がゴイェスカスを1曲ずつ、コンサートでアルベニスを2曲、それだけ、でございました。

録音を聴くと聴いているものと楽譜に書いてあることの関係が良くわからないのです。大変混乱を呼びました。


大学時代、ピアノ専攻の生徒の必修のクラスに、ピアノのレパートリーのクラスがあり、スカルラッティから始めて行くわけですが、ベートーベンやシューマンとかはもう1時間かけてどうなるこうなる、ショパンはあれだこれだ、というのに、スペインに来ると、”国民派で、代表作がアルベニスのイベリアとグラナドスのゴイェスカスである。(5分で終了)”。

この短さは何なのだろう??国民派って??ホタって??

(おまけにゴイェスカスというのは、恐竜の名前のように聞こえたものです・・・・)


なので、スペインに来て、この国の音楽やっている子は、どのようにこの国の作品を受け止め勉強しているのか大変興味がありました。例えばロシアなどは、16歳の時に全員チャイコフスキーのピアノコンチェルトをやるそうですし、他にも子供の時からロシアものを弾くので、そのようなことがスペインでもあるのかしら?あるのだったら、どのように?と思ってたのです。

そうしたら、音楽院の生徒、日本で言う音大生に聞いてみますと、そんなものは特に別にない。弾かなくっても全然問題ではないのだ、と答えるではありませんか。
私はかなーり驚きました。
そして彼女たち自身も1曲も大学在学中弾かなかったと。    


・・・うーん。余計に謎になった。



ここスペインでクラシックの人に会って話してみると、独特の印象を受けたのです。例えばポーランド人にショパンのことを語らせるのや、ロシア人にラフマニノフやプロコフィエフのことを語らせるのとちょっと違う。
そして、ホタやフラメンコからインスピレーションを受けて出来た曲がある、つまり、それらの、いかなる要素を応用しているのか、何が一番忘れてはいけない要素か、というようなことを話せる人に出会ったことがないのでした。(きっとどこかにはいるのでしょうが、私に出会った限られた人々の中では、少なくともいなかったのです。)


これは私にとって、とっても不思議なことでした。



それで、この土地に住んだから次の日からすぐスペインの音楽が理解できる、というわけではないですから、少しずつ、一人で好き勝手やりながら自分の思うようにいろいろ見ていたら、私なりにだんだん見えてきたのですね。




・・・と、申し訳ない。ちょっと時間がなくなったので、また明日。
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by miematsumura | 2011-12-15 08:45 | セレナータ・アンダルーサ