ピアニスト 松村未英 の  スペインの日々
by miematsumura
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日本大使館にて

現在の大使の離任と震災支援に感謝するレセプションに御招待を頂いて、日本大使館に行って参りました。

3月の震災以来、大使もお仕事が増えて忙しくされていらっしゃるそうです。
日本から遠いスペインで、スペインの皆さんが日本の為にそれぞれ行動を起こしてくださるのは、本当に有難いことですね。
来週は、マドリッド郊外のスペインの小学校の生徒さんが日本の為にしてくださるイベントがあるそうで、今でも避難所生活の方々も沢山いますし、福島も終わってないですし、ずっとこれからも支援がいるのだなあと改めて思いました。

お世話になってた方にお会いしたり、楽しい会でした。
こういうお仕事は3年ごとに転勤、とかで大変ですね。慣れたころには移動、という生活。
強い志がないと出来ない仕事だなあと思います。
前回の大使も今回の大使も歴史にお詳しく、日本の歴史の何があったころが西洋の何のころ、とか良く知っていらっしゃるのが、凡人の私は感心しました。
世界は狭く、そして広いですね。


余談ですが、大使の公邸が私の友人の家のご近所なのでした。このエリアはお金持ちエリアで有名なのです。このお金持ちの友人の結婚式に以前呼ばれて行った時のこと。

ホテルリッツ前に待ち合わせで、バスが来るので皆それに乗りマドリッド郊外に半時間ほど走ると到着、と招待状にありました。何しろこちらのお金持って日本から比べるとケタ違いにお金持ちなので、今日は何が起こるのであろか、と思っていたら、乗っていたバスが高速からおりました。(バス5台ですよ)で、先に見えるのは、小高い丘のようになった山、というかゆるやかで大きい丘があり、そこのてっぺんにお城が・・・・そうです。それが彼女の家族の家、というか、沢山持っているうちの一つの家(お城)、結婚式会場なのでした。門を入ってしーーばらく行くと到着で、そこには家族用の教会もあり、500人からの大量の招待客はお庭でお食事を。延々と続き、夜はパリから呼んできた何とか言うバンドの音楽で踊りまくる、という、”スペインお決まり”はの庶民からお金持でも同様のようだ・・・・
というのを、思いだしました。
世の中は狭く、そして広いです。
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by miematsumura | 2011-09-29 09:34 | イベント

アルモドバル監督 La piel que habito

アルモドバル監督 La piel que habitoを観てきました。
日本語訳は、私が住む皮。(住む、生息する、生きる、という感じの意味)

彼の映画はDVDで数個、映画館で、volver/帰郷と、その次のカナリア諸島で撮影したペネロペ・クルズ主演のを(題名忘れてしまった・・・)を観てるんですが、今回のとっても面白かった!最近ので一番いいです。

これが予告です。




予告はTVだかで見たことがあったのですが、想像してたのと全然違ったです!
(予告って面白いですね。2時間の映画の中から、たった2分ぐらい抜いてまとめて宣伝するって、難しいですね)
最近のアルモドバルの映画は、ペネロペ・クルズが主演が続いてましたが、今回は20年ぶりにアントニオ・バンデラスが戻って来て主演でした。彼の映画は、ハリウッドの映画ははっきり言って変なのばかりで、あまり演技力が良くわからない感じのばっかりなんだけど(スパイキッズとか)、今回は真面目に演技をしていて彼の演技力がちゃんとわかった!(なんだか変な表現ですが)とっても良かったと思います。

終わってから、これはすごいなあ、と感心して私もやる気になって帰ってから夜中まで練習をしたぐらい、刺激を受けました。
詳細は映画を見てね、ということで書きませんけど、ずっと2時間飽きなくて集中して観ることが出来て、最後笑いました。


私にとって、アントニオ・バンデラスといえば忘れられないのが、98年ごろのことですがサタデ―ナイトショーだったかで彼の物まねコーナーがあって、黒い毛のかつらをかぶり、ラテン系のセクシーな形の赤いシャツを着た人が、”I am sexy”と繰り返して、彼の真似をしていたこと。このネタで毎週毎週やられるのです。ラテン系の人をおちょくるにはこういう形できたか、と妙に冷静に判断をしたことを思いだします。彼も外国で苦労したのだろうなあ。ラテン系俳優でアメリカで一番成功している一人が彼ではないでしょうか。
それがこのように、今回またゴールデンコンビでスペインに帰って来てくれて嬉しいことです。

ATAMEでビクトリア・アブリルと出ていたのを、ちょうど夏に友人が貸してくれて観た後だったのですけど、この約20年たっての彼、そんなに見かけが変わってない気もします。若いです。
そういえば、ビクトリアは以前会ったことがあるのですが、息子が日本語を勉強してて、日本語で話しかけられましたが、結構長い間やっている割には、こんにちわとか挨拶以上は無理だったので、子供だしこういうものかな?とか思ったのを覚えています。しかしスペイン人は日本語の発音が上手く出来ますね。


というわけで、やはりいい作品に会うと自分も刺激を受けるので、良いものに会えて嬉しかったです。
インタビューでアルモドバルは、今回の作品は(18個目だったかな)17個あるからこそこれが出来たのだ、と。彼も今回のはよりよいと自分で分かっているという気がします。どんどん湧く創作意欲もすごいですね。私も頑張りたいと思いました。

皆さんも機会があればどうぞ。
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by miematsumura | 2011-09-25 10:14 | イベント

ツーリストのセビリア

今夜のことなのです。

人と待ち合わせに、セントロのいつものBARで、ということで、しばらく時間があったので
夕食にタパス(小皿)を色々つまもうか、と、注文して、実際に食べはじめたのですけど、隣のテーブルの夫婦は私たちより先にいたのに、ずっとメニューを見て話し合っているのです。

スペインのBARって皆ワイワイしゃべっててうるさいのですけど、よく耳をすましてみると、スペイン人ではないようなのでした。
メニューを見ながら何がいいのか全く分からないようで、周りをきょろきょろ見回しているので、声をかけてみました。
するとフランス人で、メニューがちっとも分んないのよ、とのこと。
そこで、いろいろこれが美味しい、あれが美味しいとお勧めしたり(いつもの行きつけのBARだったし!)、あれこれ説明してお手伝いを。
こないだの冬のオリンピックで立候補していたあたりに住んでいて、旅行に来たとのこと。


そのうち、反対側の隣に、4人家族が座りました。
4人ともが、周りの人のお皿をじっと見つめたりしているので、
おお!ここにもツーリスト!?と思ったら、お隣のフランス人も、私たちに、
”彼らもだよ!”と、目をウインクして言うのです。
そして聞いてみると、こちらはイタリア!

なので、こちらもあれが何これは何と、注文のお手伝いをするはめに。
私は、好きなものがあったらいつも同じものを注文する傾向にあるので、メニューの全部はよくわからなかったですけど(適当!)、セビリア親善大使のような仕事をやってきました。

って、待ち時間があったので、たまたまでしょうが。
フランス人のおじさんは、がははと事あるごとに笑ってましたが、イタリアのお父さんは無表情でした。
私の知っている限り、多少イタリアマチスタの傾向がありますね・・・・
イタリアとスペインは、両方ラテンの国で似ていると思うかもしれないですが、
スペインの方が現代的で、男女平等がより進んでるという気がします。


1年中観光客の多いセビリアです。
こちらは夏の休暇を9月に取る人も結構多いのですけど、
9月も半ばを過ぎるのに、子供連れで旅行というのも、イタリアはスペインの上を行くかも。


でも良く考えてみると、私が一番ツーリストに見えるんだろうな。
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by miematsumura | 2011-09-22 08:41 | スペインの暮らし

哲学の秋である

最近いろんな人に会う機会があり、いろいろと感慨深く考えた。

週の初めには、アントニオ・モヤというギタリストが、今日は家族親戚でフィエスタをするのでおいでよ、と呼んでくれたので行ってきた。
なんでもフランスから彼のドキュメンタリーを作るべく撮影隊がやって来て、数日かけて撮影しているのだそうである。
行ってみると、9年ぐらい前に会ったフランス人のジャーナリストがいて、偶然の再会が!
パリで会ったのだが、こんなところで会うとは大変驚いた。本当に不思議である。
なにしろ大都会パリのど真ん中から、ウトレラというセビリアの近くの街の郊外の原っぱの中の一軒家である。
向こうも大変喜んでくださって、嬉しい再会であった。
フラメンコや闘牛に始まりスペイン文化に詳しく、色々お話ししたが、やはり、ジャーナリストでいろんなことを見たりしてるのでこういう方とお話しするのは大変面白い。
この9年間のことを話した。何しろこの時点では、私はスペインに足の先っぽ程さえ踏み入れてなかったのである。
これからの9年間も、同じように進んでいけるといいなと思う。

ちなみに、この人は9年たったら、少年あしべに出てくるネパールに住んでいるおじさんのようになっていた。
前は髭がなかったので、全く違う印象だったが・・・・
(仙人のようなおじさんがいたのだが、名前は何だっただろう・・・
フランス人バージョンと想像していただければ完璧です)



昨晩は、セビリアのロぺ・デ・ベガでラファエル・リゲ二のギターを聴きに行ってきた。
久しぶりにこの劇場に入ったが、装飾が本当に美しい。天井など見惚れてしまう。
リゲニは長い間舞台から遠ざかっていてカムバックという感じなのだが、彼の昔のエピソードをよく聞いていたので、その長いキャリアについて、そしてアーティストの人生について考えた。
人生というのは長くて山あり谷ありで、すっごく素晴らしいギタリストであった彼でも長く舞台から遠ざかったりと、常に自分を超えていくというのは簡単ではないのだなと。
こうやってまた舞台に戻ってきたリゲニであるが、マイテ・マルティンと一緒に弾いたのがとても良かった。
やはり性格が演奏にも出るのである。
それが良くわかったコンサートでもあった。
昔の自分、去年の自分、と前に進んでいくのは、当然のように出来ると思っているが、
そうもいかないこともある日が来るのであろうか。
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by miematsumura | 2011-09-17 06:21 | 芸術について

ピアニストと住処

今は夜中12時過ぎ。真夜中の手前といったところでしょうか。
練習にいそしんでおりますが、ふと思い出したことが。
休憩がてら、書いております。


ピアニストにとって、自宅は仕事場でもあり、何しろ特にピアノは他の楽器に比べても音量が大きく、近所の人々にとってはうるさいので、住処に気を使うわけです。

高校の入学当時、担任の先生が、近所の人に会ったら丁寧に礼儀正しく挨拶をするように、と、私たち生徒全員に言い渡したことを思い出します。
これは、普段からきちんとしていると、多少練習の音がうるさく漏れた時でも、ちょっとなら見逃してくれるであろうという、配慮。


アメリカでは、学校で皆練習するので、この心配はなかったですが、
(寮では絶対に練習はしてはいけない規則だった)
夏休みに、ウイーンに留学する高校の同級生のSちゃんのところを訪ねたときのこと。

日本人の音楽学生ばかりが住む大きな建物で、(きっと日本人は家賃滞納もせず、綺麗に住むので好まれてるのでしょう)、あらゆる楽器の人が住んでいました。
Sちゃんは、角部屋に住んでいて、居間にグランドピアノが置いてあり、一方が寝室、もう一方が台所で、ピアノの置いてある部屋は、隣人には直接壁を隔てていませんでした。

夏で暑かったけれど、練習する時は窓を閉め、居間のドアを閉め、勿論ピアノはふたを閉めた状態で、学校に行ったSちゃんの留守のあいだ、練習を始めた私。

しばらくして、玄関の呼び鈴が・・・・


隣の部屋に住むバイオリニストと名乗る、美しい日本女性が、そこにいました。

”あの、ピアノがうるさくて。ドアを閉めていただけませんか?”

ドアや窓を皆閉めていた私は、内心驚いて、答えました。
”はい、閉めますね。ごめんなさいね。”


さて!どうしようか??窓もドアも、ピアノのふたも閉めてあるんだよう!と悩んで、
困った私はピアノの上に毛布をかけた!
(夏だけど、ピアノだから毛布でも羽布団でもいいのです)

これで、かなりOKであろう。


・・・・が、しかし、また彼女が来ちゃったんです。呼び鈴を押して。



ああ!ラフマニノフよ!!


というわけで、その後、何をどうしたのか、記憶にない・・・
ウイーンには住めないな、と、たかが1アパートの件で、ウイーンの全てを否定しそうになった気持ちが湧いたのは覚えていますが・・・




余談であるけれど、このウイーンの滞在で、初めてマルタ・アルゲリッチを生で見たのである。(見たというか、聴いたのだが・・・・)
復帰初のコンサートだったそうだが、もう大ファンの私は、舞台に出てきたマルタを見ただけで、しびれて椅子で動けなくなったのを良く記憶している。
曲はラベルのコンチェルトであった。
このマルタに実際に会って、ピアノを聴いてもらう機会があるとは、この時、全く夢にも思っていなかったので、人生はどうしてなかなか悪くないものである。



話は戻って、私の大学の教授が、ロシアからアメリカに移ってきて、初めの1年ボストンのニューイングランド音楽院で教えていた時のこと。

ボストンは大都会、彼女は街中のアメリカで言うところのアパートに居を構えた。
(日本で言うところのマンションですね)
典型的なロシアン・ビューティーのナターシャは、おお!と目を見張るぐらいに美しく、背もすらりと高い。(私も実際始めて出会った時、同性ながらしびれた。笑)
なので、アパートの入口に郵便ポストがあって、郵便などを取りだしたりしている時や、廊下ですれ違う時は、同じアパートの人と会うと、皆もう、とびっきりの笑顔で、挨拶をしてくれたのだそうだ。
”ボストンは、もう慣れましたか?”、”何でもあったら僕に言って下さいね”などなどの言葉と共に。


・・・が、一週間、二週間もすると、その光り輝く笑顔はみるみる消え、麗しのナターシャに出会う人々は、険しい顔になっていった・・・・



何があったのだろうか???



そう!そうなのである、賢い読者の皆さんには、分かるでしょう?

え?分からない? (わけないよね?わからない人は、コメントにどうぞ。是非、お会いしてみたいです。)



ピアノがうるさいんですよ!
このミス・ロシアでさえ、ピアノの音には勝てなかったのです!!!!



(笑えるのは、この話はこのミス・ロシア本人から聞いた話ということです。
いかに、初めこれらの隣人たちが愛想が良かったかを、実現して見せてくれたことが
懐かしい・・・・)



というわけで、今の私の住処は完璧でございます。
皆近所の人は、微笑んでくれますし、動物、特に犬は歌ってまでくれるのです。
私はなんて幸せ者なんでしょう!



というわけで、練習に戻りますね。
皆さんごきげんよう。
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by miematsumura | 2011-09-10 07:48 | 思い出

アルバ公爵夫人のご成婚

最近のスペインで、もっぱら話題になっているのが、今年85歳になられるアルバ公爵夫人のご結婚についてです。

数年前から、25歳年下のセビリア人のアルフォンソ・ディアス氏と親しくされていたのですが、結婚をお決めになったそうで、10月の初めに行うそうです。3度目の結婚です。
(確か1度目は闘牛士、2度目は神父だったと思う・・・)
本当の愛は結婚に向かうべきである、というご自身の考えからのご結婚。
それも、セビリアで!
お屋敷を沢山沢山もってらっしゃいますが、特にセビリアが好きで、ここを中心に住んでらっしゃいます。

スペインでは”ドーニャ・カイェターナ”と呼ばれ、(ドーニャ、は女性につける、日本で言うところの氏にあたる部分)親しまれているアルバ公爵夫人。

なんでも、このドーニャ・カイェターナの本名は、
マリア デル ロザリオ カイェターナ パロマ アルフォンザ ヴィクトリア エウジェニア フェルナンダ テレサ フランシスカ デ ポーラ ローデス アントニア ホセファ リタ カストル ドロテア サンタ エスペランザ フィッツージェームズ スチュアート イ デ シルヴァ ファルコ イ ギュルツバイ
だそうです・・・・・な、長い・・・・

5つの公爵夫人、18つの侯爵夫人、20つの伯爵夫人、14つのスペイン大公の称号を持つらしいです。何しろ彼女は一人っ子だったので、ご両親の称号を皆一人で受け継いだので、こうなったのでしょうね、多分。
そして、この称号はヨーロッパで一番高いらしく、イギリスのエリザベス女王でも、ドーニャ・カイェタナに会う時は、お辞儀して挨拶をして、敬意を示さないといけないのだそうです。

彼女は、とっても自由奔放で有名で、フラメンコもお好きで習ってみたりされています。
つい先日は、ロンダの9月に毎年行われる恒例のゴヤ風の闘牛で、闘牛士の衣裳をデザインされたり、夏の間はビキニ姿で海にいる写真がパパラッチに撮られたり、大変にお元気そうです。

今回の結婚については、6人いる子供たちが反対したり、そのうちの何人かの子は(子と言っても、もう大人ですが)、スペイン国王に、ドーニャ・カイェタナに結婚を止めるように説得するように頼んだり、大騒ぎに。何しろ、ドーニャ・カイェタナはスペインで一番の土地持ちですし、それ以外にも、大変な財産家。
しかし、国王は、これは彼女個人の問題だから僕には何も出来ないよ、とお答えになったそうです。
もめごとの種は財産なので、ドーニャ・カイェタナはそれを子たちに分けてから、親族だけでの結婚式をすることにされたらしいです。

ところで、何故、彼女が私の興味をそそるのか、というと、彼女はこのゴヤの肖像画のモデルとなったアルバ公爵夫人の子孫だからです。
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有名な”着衣のマハ”。マハは、粋な若い女性、という意味です。

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そして、裸のマハ。

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これは1800年ごろの作品。当時、裁判沙汰になるほどのスキャンダルだったそうです。
しかし、その時ゴヤは、このモデルが誰であったのか、口を割らなかった。


先日、ここで少し書いたグラナドス作曲のゴイェスカスも、この曲のモデルとなったのは、このアルバ公爵夫人なのです!
この芸術のモデルとなった人たちの子孫が実際にここにいる、となると、何とも胸が踊ります。

そして、全く個人的なことですけど、私が2007年にセレナータ・アンダルーサをセビリアのロぺ・デ・ベガ劇場で初演した時、何とドーニャ・カイェタナはご臨席下さったのです。
なんでも、これは膝の手術をした後の初めての外出だったそうで、TVが劇場まで追いかけてきて、ドーニャ・カイェタナにインタビューしてました。”コンサートはどうでしたか?”、”良かったですよ。”と、やりとりがTV出てるの、後で見ました。

というわけで、長くお元気でいてほしいと思う私なのです。
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by miematsumura | 2011-09-08 23:36 | スペイン音楽

秋です!突然に!!

出たり入ったり忙しい日々です。
あっという間に9月に!

あんなに長かった夏が突然終わりをつげ、ここ2.3日で秋の気配が。
というのも、昨日から、すごい大量の雨がどばっと降って、止んで、の繰り返し。
今朝なんてヒョウまで!

何しろ、南スペイン、アンダルシアのあたりは夏の間、まったく雨が降らないので、
雨が降る=秋冬がくる、という図式に。
オリーブ畑は、この突然の大雨に、急にオリーブの実が大きくなって収穫の時期になってしまったので、皆そちらにかかりっきりになって必死で収穫しているらしいです。

面白かったのは、外出した時にも雨が降って、ちょうど車を駐車したところが水たまりになったのです。
車に戻るのに、水たまりの中に入らないと車に乗れないので、石を見つけてきて水の中に置き石をして、その上をとんとん歩きながら車に入りました。
すごいね!

そして、帰り夕暮の空の綺麗だったこと!!


雨雲が濃いグレーで、間から見える空は、黄金色でした。
いい感じです!
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by miematsumura | 2011-09-03 07:16 | スペインの暮らし